2022年01月30日

BIWA−TEKU:逢坂:関蝉丸神社


関蝉丸神社の中段にあります、石春花庭です。


  


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2022年01月30日

BIWA−TEKU:逢坂:関蝉丸神社


関蝉丸神社の中段の能舞台がある近くには、

蝉丸、三条右大臣、清少納言が逢坂の関を詠んだ

百人一首が、板壁に掲げられています。


  


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2022年01月30日

BIWA−TEKU:逢坂:関蝉丸神社


関蝉丸神社の江戸時代における風景です。

当時は、東海道53次の街道を、駕籠に乗って行く人や

歩いて行く人、また関蝉丸神社にお参りする人で

にぎわっている様子が、わかります。


  


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2022年01月30日

BIWA−TEKU:逢坂:関蝉丸神社:能舞台から階段で関丸本宮へ


関蝉丸神社の能舞台から、階段で関丸本宮へと

続きます。


  


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2022年01月30日

BIWA−TEKU:逢坂:関丸本宮


階段を上り、一番上にあるのが関丸本宮です。


  


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2022年01月29日

BIWA−TEKU:雄琴・苗鹿:常夜灯


江戸時代の1847年に建てられた石造りの苗鹿の常夜灯です。

苗鹿講が近郊の寄進を募って、北国海道(近江路)沿いに

建立しました。

旅人の安全を図る目的で建てられたそうです。




  


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2022年01月29日

BIWATEKU−:雄琴・苗鹿:苗那波加神社


苗那波加神社の拝殿です。奥には、ケヤキの大木が

少し見えています。幹の周りは。3.5mもあります。

この神社は、比叡山延暦寺との関係も深いのです。

円仁が横川中堂を建立する時に、内陣の柱として神社の木を

4本奉納されました。後に、横川中堂の再建時にも神社の木が

奉納されたという経緯があります。

そのため、法華経を納めた横川妙法塔を守る30番神社の1つに

選ばれています。

30番神社には、伊勢神宮、熱田神宮、賀茂社、松尾大社、

住吉大社、伏見稲荷大社、春日大社、気比神宮、日吉大社など、

そうそうたる神社が選ばれています。


  


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2022年01月29日

BIWA−TEKU:雄琴・苗鹿:法光寺の法語


苗鹿の北国海道(西近江路)沿いに、一昨日に紹介しました

法光寺の法語が、掲示されていました。

自分の道を、まっすぐに、あせらず、いそがず、ぐらつかずに

進もう!と書かれています。

あなたの道は、どんな道でしょうか。


  


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2022年01月29日

BIWATEKU−:雄琴・苗鹿:那波加(なはか、なばか)神社


地名の苗鹿(のうか)というのは、この那波加(なはか、なばか)神社の

那波加から、なまったものとも言われています。

昔、老翁の農作業を手伝う鹿が出て来て、稲(苗)を背に

負って運んだことから、苗鹿(のうか)と呼ばれるように

なったとも言われています。


  


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2022年01月29日

BIWA−TEKU:雄琴・苗鹿:那波加(なはか、なばか)神社


BIWA−TEKU:雄琴の最後は、 苗鹿の那波加(なはか、なばか)神社

です。北国海道(西近江路)沿いに、あります。

奈良時代か平安時代に創建された、由緒ある神社です。

道を挟んで、那波加(なはか、なばか)荒魂神社があります。


  


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